私の英語苦手遍歴


「英語が苦手」と意識し続けて生きて来たけど、それでも英語を話せるようになりたいという気持ちだけはずっとあった。

そもそも中学で英語の授業が始まってからずっと英語が苦手だという意識を持ち続けている。
お恥ずかしながら、中学時代からの英語苦手遍歴を振り返ってみようと思う。

最初につまずいた中学英語

一番最初に躓いたのは、自分の名前が書けなかったこと。
Chiharuというのは本名なのだけれど、この「チ」というのが中1の私には意味が不明だった。

「タ行」は「t」で表記するはずなのに「ch」って何?
名前を正しく書けなかった私は最初のテストで0点となる。


そのまま中2になり、外国人講師との英語面談があまりにも通じず外国人講師にカタコトの日本語で質問をされるという何のテストだか分らない状態に。

ちなみにその時の質問は「兄弟はいますか?」だった。
あ、もちろん日本語ですよ。
自分でも衝撃的だったのか今でも忘れていない。
面談をした部屋の風景まで覚えている。


そして中3。卒業アルバムの寄せ書きには英語教師から「英語勉強しろ!」と書かれる始末。

いつもテストは30点台だった高校英語


基礎英語とされる中学の英語学習がこんな感じだったので、高校の英語なんてもはや記憶にない。

常にテストは30点台。
国語力だけはあったので、文章の仕組みから導き出せる読解でのみ点数を取っていた。
そして大学入試も一般入試だと英語が必ず入ってくるので、とにかく「英語での受験は避けろ」という進路指導を受けたほどだ。

さらに無事大学に受かっても「大学が決まっても期末テストで単位を落とせば卒業できない」と脅され、無理矢理勉強して点数を上げるも、実はクラス平均ももの凄く高かったというオチ付きだった。

ついに単位を落とした大学時代

そして大学。

今までのように「やばいぞ」と指導してくれる先生はいない。
すべてが自己責任だ。
しかも必修科目に英語はもちろんあるわけで。

1年目は何とか乗り切った。
学部は文学部ですが、学科は文学ではなかったことが幸いしたのかそこまで難しくなかったのだ。

試練は2年目に訪れる。
2年目まで必修の英語があったので逃げられない。

クラス分けされた結果、同じ学部の英文学科が読むようなテキストを指定していた先生。
そんなものが私に分かるわけがない。
その先生とはウマが合わず授業中にも揉めた私。

結果、テストを白紙で提出し、単位を落としました。

翌年、悲しみのまま後輩に混ざって英語を再履修することに。
この授業は先生の印象もテキストの印象も残っていないほど簡単に単位が取れた。
大学のクラス割り振られる授業って運ですよね。

大人になると分かる英語の便利さ

そして大人になって、海外旅行にも度々行くようになり、色々な場面で英語の便利さに気付く。

むしろ全く英語通じない人と意思疎通ができないと自分も下手なくせに「なんで?」と思うくらいになってしまった私。

元来、人とコミュニケーションを取ることが好きな私なのでノリでも楽しいけど、「もっと英語が話せるようになりたい」と思うようになった。

そしてやり直し英語を何度も始めては挫折、買ったテキストもやれば多少話せるようになるはずなのに途中で放置。

続いたことも理解できたこともない。

やる気はあるのに苦手意識が強すぎて関係代名詞とかいう文字面を見ると「無理!」となりがちなのだ。

多くの人が義務で勉強する英語は9年で終わるのに、単位を落としたせいで10年もやった私。
人より1年多いのにこの有様。

それでもやっぱり英語で色んな人とコミュニケーションを取りたいという野望は消えないので、懲りずに英語をやり直したい。

今後その野望の記録をこのブログに書いて行けたらと思います!