【翻訳練習】[ストーリー×デザイン]HARIBOグミ誕生100周年を通じて見たき‘砂糖が作り出したフードデザイン’

引き続き、韓国語音訳熱が高まり中なので、NAVER STANDからコラムを探しました!

すると、大好きなHARIBOのグミについてのコラムを発見しました!

今回はこれを訳してみようと思います!



今回めっちゃ長いです!!
3日くらいかかりました!!



翻訳文の後にも訳した感想を書いてるので、そこまで読んでいただければ嬉しいです!!



以下、引用翻訳です!!

[ストーリー×デザイン]HARIBOグミ誕生100周年を通じて見たき‘砂糖が作り出したフードデザイン’

ドイツ語圏の国家とヨーロッパのあちこちの道で見つけるられる街の糖菓子屋さんのショーケースに欠かすことなく売られる定番商品、果物グミ、色とりどりな色、長い棒の模様、カタツムリのようにぐるぐる巻かれた螺旋模様、コカコーラの瓶の模様、可愛い動物の形状に砂糖の結晶、あるいは小麦粉のようにきれいな粉砂糖をまぶし虹のように並べられたグミは、私たちの疲れて憂鬱な気分を振り払ってくれ、世知辛い日常から童心の世界に招待する。

‘HARIBOは子どもたちを幸せにする、そして大人も(HARIBO macht Kinder froh und Erwachsene ebenso)’というその有名な広告スローガンがある。ドイツを代表する食べ物としてザワークラフト(Sauerkraut)というドイツ式キムチを挙げるなら、デザートやお菓子としてはHARIBOグミが入る。ドイツ最後の皇帝ヴィルヘルム2世皇帝兼プロシア王、有名な風刺小説家兼詩人エーリッヒ・ケストナー、科学者アルベルト・アインシュタインも好きで好んで食べたと伝えられるHARIBOグミベア(Gummibären)が今年誕生100周年を迎えた。

 1920年12月13日はドイツのボンで糖菓子屋さんを営んでいたリーゲル(Hans Riegel in Bonn)が自身の名前と暮らしていた都市の名前のアルファベットの前2つずつを取ってHARIBO(Haribo)という会社を事業者として登録した日だ。飴職人ハンス・リーゲルが事業を始めた当時、白い砂糖ひと袋、大理石の作業台、背もたれのない作業イスひとつ、レンガのオーブン、銅のヤカンと生地の麺棒が事業資本の全部だった。創業初期、彼は妻とともにこじんまりしたキッチンで砂糖を煮詰め、押して、こねて固くしたお手製キャンディー(boiled sweets)とフルーツ味のガム(fruit gum)を作って売り始めた。

口の中に入れて噛めばゴムのようにコシがあるが、噛むほど飴のように口の中で溶ける甘くてほろ苦い代表的なフルーツ味のHARIBO‘グミベアー’が初めて発明された年は、それから2年後である1922年。創業者リーゲルはある日19世紀式の例年伝統市場に訪れると、踊るサーカスのクマを見て着想を得て、2つの腕を持った模様の金色の‘踊るクマ(Tanzbär)’としてデザインすることになったいう製品誕生の逸話は今でも社内の伝説として伝えられている。この中毒性ある少し酸っぱい味の小さくて可愛いサワーカウ(Sauerkau、酸味グミという意味)のオリジナル‘ゴールドベア(Goldbären)’グミは赤、黄、橙、紫で今より大きく作られ、2つで1ペニー(=7ウォン:参考:1ドイツマルク=100ペニー、1マルク=韓国ウォンで約700ウォン)で売られた。当時のワイマール共和国時代 の超インフレーションの物価まで勘案すれば、とても安い価格だった。

事実、西洋の飲食会社で糖菓類の歴史は砂糖なくしては誕生できなかったと言っても過言ではない。今日では砂糖は健康を害する主犯の中のひとつとして受難を免れずにいるが、数百年前までは富裕層でないと一口食べるのも難しい高価で珍しい調味料だった。16世紀〜17世紀大航海時代と新大陸発見のおかげでコーヒー、お茶、きび糖がヨーロッパに紹介される前まで古代エジプトとギリシャ・ローマ時代からヨーロッパ人たちは食べ物に甘みを出したり腐敗しやすい食材を缶詰にする時、果汁や蜂蜜を使った。1747年ドイツの科学者ジギスムント・マルグラフ(Sigismund Marggraf)はテンサイから甘みを抽出する方法を見つけ出した。

その後、19世紀食品加工技術の発達でヨーロッパではテンサイから砂糖を大量生産する工法に成功して初めて砂糖は大衆的な調味料になり、糖菓子が大量生産され始めた。固いハードキャンディ、キャラメル、マシュマロのような砂糖の加工キャンディはイギリスで初めて大量生産され、アメリカに伝えられ、続いてドイツに伝えられた。砂糖の加工法を運用しテンサイの砂糖に天然グミ(Gummi arabicum)、フルーツ味、色素を適切な比率で調合し煮詰めて作り、噛んで食べる面白さをくれるゴムのようなコシのあるキャンディーがまさにHARIBOのグミだ。

HARIBOのグミベアの商売は繁盛し続けた。時には第1次世界大戦が終わりアメリカ発の経済大恐慌とドイツの超インフレ金融危機でドイツ人たちが経済難で苦しんでいた時期、日常のカサカサ感の中でもーひょっとしたらそのせいでー糖菓子と砂糖はさらによく売れて行った。リーゲル氏は事業の領域を拡張し、1925年からイギリスから輸入し入ってきた甘草を原料としたラクリッツグミ(甘草砂糖)を生産し始め、ドイツ人たちに初めて甘草という漆黒のように色が黒く味はほろ苦いエキゾチックな薬草の味を紹介した。かつて16世紀から甘草の根を植えて、砂糖を入れ長く煮詰め精製して作り食べたイギリス人たちにリコリスキャンディーはおやつを超えて咳と胃腸の病気の治療剤として使われた薬だった。こうしてHARIBOのリコリスグミは1994年、300年になったイギリスの由緒深いリコリス加工業者ポンテフラクト(Pontefract)を引き受けるほどに成長を重ねた。

歳月の流れとともに食品加工記述も発展する。もちろんHARIBOのゴールドベア(GOLDBEARS®)の添加原料も変遷と改善を経た。今HARIBOはゴールドベアグミにもちもちした食感を与える為に使用されたグミのゼラチンとして代替し、一部の製品には昔のレシピに入れていなかったデンプンを新しく添加して味と香りをさらに柔らかく均質に改善させた。HARIBOグミ特有の澄んだ透明なビジュアルはグルコースブドウ糖シロップ(glucose syrup)のおかげで噛むのに適した食感とやや酸っぱい味は砂糖、デクストロースブドウ糖(甘みを強化する追加甘味料)、ゼラチン(もちもちした食感)、そして香料と色素を適切に調合加工し成形する製造工場の結果物だ。グローバル市場で国と文化圏ごとに好みも違うので、ローカル市場によりレシピも少しずつ違う。例をあげるとアメリカと日本の市場で売られているHARIBOグミはさらに甘く製造される。消費者市場調査の研究によれば、リコリス甘草キャンディーは健康に有益だという点のため、むこう5年以内にアジア市場で大きな売り上げをあげるのだと展望されている(資料:Market Research Reports, Prudour Pvt. Ltd)

人間が甘い味を求めることは本能だという。人生が世知辛くなり、1日1日人生がつまらなくないように私たちは甘い物を食べ、小さな幸せを感じ癒やしを求める。キャンディーの中の糖はくたびれた私たちの体に即時に瞬間的なエネルギーをくれ、あてのない心の安定をくれる重要な養分だ。甘みは終わりのなく永遠になるのを願う分別なく楽しかった幼い季節を凝縮した味覚のせいなのかもしれない。もちろんグミだけで私たちの身体が必要とするすべての栄養素を充足させることはできない。しかし1冊の良い本や芸術作品が私たちの魂を豊かにしてくれるように、誰でもどこでも簡単に酔うことのできる甘いキャンディーは幸せな人生を維持してくれる小さいが確実な幸せな秘密なのかもしれない。

文 パク・ジナ客員編集委員

디자인 정글
[스토리⨉디자인] 하리보 젤리 캔디 탄생 100주년을 통해 본 ‘설탕이 빚어낸 푸드디자인’



長かった!!!
途中でへこたれそうになりました。



ハリボーのスローガンは韓国語訳ではなく、ハリボーを調べてドイツ語から日本語にされたものに差し替えました。
直訳しかできなくて不自然だったので。

そして検索しても文字で分からないものは画像検索すると瞬時に分かったりするので、今回は画像検索を多用しました。

いや、長いだけあって分からない単語も満載でしたよ!

単語メモノートも2ページに及びました。


大好きなHARIBOグミの歴史を知れて楽しかったです!!